たゆたう草舟
第8章 弓張る夜半に 千曲を超えて
「変に飾り立てた分かりにくい言葉を残すより、一つ正直な言葉を残す方がいいのかもしれないな。その言葉、嬉しく思うぞ」
すると昌幸の手が、私の背中から下に移動します。尻のあたりを触られると、恥ずかしくて身が固くなってしまいました。
「この尻を、思う存分撫で回したい」
「……それは、昌幸様の正直な一つの言葉ですか?」
「何をしても受け入れると言ったのは、お前だろう?」
想いが通じたと思えば、すぐにこの言動。悪戯めいた笑みは、相変わらずです。
「さて。今から、十年分の時を埋めるまで存分に愛してやらねばな。なにせ待たせに待たせたからな、これはなかなか終わらないぞ」
昌幸様は立ち上がると、私の手を握り、足取り軽く城の方へ向かいます。が、中に入ってすぐに、浮かれた足は地に戻されてしまいました。
中で昌幸様を待ち構えていたのは、書状を携えた時雨さん。彼は昌幸様にそれを渡すと、昌幸様が睨んでも気にかけず口を開きました。
「親父殿、今あんたは真田の命運が掛かった交渉中だって忘れてないかい? 上杉の動きが怪しい、根回ししとかないと、羽柴の名で真田征伐が始まっちまうよ」