『たゆたう草舟』第8章「弓張る夜半に　千曲を超えて」　134ページ

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たゆたう草舟

第8章弓張る夜半に　千曲を超えて

　
「色々と騙して、ごめんなお葉ちゃん。もう分かってるとは思うけど、俺の正体は甲賀の忍び。親父殿――昌幸様の命令で、お葉ちゃんの護衛についてたんだ」

「いえ、昌幸様が私のためを思ってしてくれたのですから、謝る必要はありません。むしろ私は、お礼を言いたかったんです」

「礼なんか言われる立場じゃないよ。護衛と言いながら、俺はお葉ちゃんを守れなかった。伊賀の小童一人に遅れを取って、怖い思いをさせちまったな」

　忍びであっても時雨さんの性分はそのままのようで、私が妙に身構えるような必要はなさそうでした。が、私の聞きたい事を頭に浮かべると、どうにも聞きにくくて口が重く感じます。

「あの……私に、普通の恋を知れと仰ったのも、昌幸様の指示だったのですか？」

「それは……俺の独断さ。そもそも親父殿は、お葉ちゃんが告白に気付いていないと知らなかったしね」

「どうして時雨さんは、そんな事を？」

「試したのさ。お葉ちゃんの気持ちが、恋なのかすり込みなのか。なにせ年端もいかないうちからの恋だからね。後から間違いだと言われても、困るだろう？」
　