たゆたう草舟
第8章 弓張る夜半に 千曲を超えて
私が返事すると、時雨さんは苦笑いを浮かべ、頬を掻きます。
「うーん……素直で助かるよ、お葉ちゃん。まあそんな子だから、親父殿も格好付けたくせに失敗したんだろうけど」
「私、何か失礼をしてしまいましたか? 申し訳ありません、私、どうにも人の気持ちに鈍いきらいがあるようで……」
「ああいや、お葉ちゃんはそれでいいんだよ。悪いのは、よこしまな事ばかり考えてる俺の方さ」
時雨さんは私を立たせると、部屋の襖を開けて促しました。
「さ、嘘つきの戯れ言は全部忘れて、一番綺麗な姿で親父殿を迎えられるよう準備しな。あんまり二人で話してると、親父殿が妬いちまうしね」
「あ、あの、時雨さん。本当に、ありがとうございました。時雨さんがついていてくださらなかったら、私」
「それが俺の仕事なんだから、気にしなくていいよ。あんまり嘘つきに肩入れすると、勘違いしてさらっちまうよ?」
私が固まると、時雨さんはますます苦笑いを深めます。そして私の背を押して、外へ出しました。
「ほら、俺は忙しいんだから行った行った」
先程は忙しくないと言ったのに。しかしどちらが嘘だったのかは、私には分かりかねます。