たゆたう草舟
第8章 弓張る夜半に 千曲を超えて
「誰かが正室として迎えてくださるより、私は昌幸様のお側にいられる方が幸せです。信繁様、これからも、変わらず兄のように仲良くさせていただいても良いでしょうか」
「それはもちろん! 父上が酷い事をやらかしたら、いつでも京に逃げてこい。かくまってやるからな」
するとその瞬間、信繁様の足元に飛んでくる箸。畳に刺さるそれは、もはや暗器のようでした。
「信繁、お前京に誰がいるのか忘れたのか? 秀吉殿は無類の女好き、お葉が京に向かえば、美女の気配をたちまち察知し手を出そうと近付くに違いない。そんな危険な土地へ誘うとは、私に対する謀反宣言と同じだ」
箸を投げたのは、ほろ酔いしている昌幸様。ですが信繁様も脅しの一撃を気にする様子はなく、箸を引き抜き横に置きました。
「そんな事で謀反と疑うなら、下克上しますぞ」
「ふん、お前ごときが私に敵うものか。先の上田合戦のごとく、完膚無きまでにのしてくれるわ」
「油断していると、足元をすくわれますぞ。なんならどれだけ拙者が成長したか見るために、打ち合いでも……」
「昌幸様、信繁様! お、落ち着いてください。そもそも私、京になんて行きませんから!」