たゆたう草舟
第2章 余計なお世話
ですが続く言葉は愚かな私への諫言で、期待したようなものではありませんでした。そのような事は、当たり前です。私にとって昌幸様はただ一人の主君ですが、昌幸様にとって私は名も知れぬ奉公人。一度会っただけで、しかもあれから時が経ったのですから、覚えているはずがありません。
分かってはいても悲しくて、私の瞳からは涙が零れました。すると昌幸様は私の身体を起こすと、背中に手を回しさすりました。八年前、私が彼にそうしたように。
「そんなに怖かったのか? もう大丈夫だ、泣くな」
昌幸様は私が泣いているのを、恐怖のためと思ったようです。しかし私の涙は恐怖でも、忘れられた悲しみでもなくなっていました。
触れられると、嬉しい――はしたない考えですが、彼を感じられて私は喜んでいたのです。あまりにも弁えない自分を愚かと罵りながら、胸の奥から湧く想いを止める事は出来ませんでした。
「まあ、どこの馬の骨とも知れぬ男に純潔を奪われそうになれば、泣きたくもなるだろう」
すると昌幸様は、私の顎を取ると、私より二十も年上である事などまるで感じさせない、色気のある笑みを浮かべました。
「ならば、お前の初めては私が貰ってやろう。それならば馬の骨ではないから、安心だろう?」
そう言うと同時に、昌幸様の唇が私に重なりました。これは夢かと目を見開きますが、確かにそこにいるのは昌幸様。初めて私の唇を奪ったのは、間違いなく彼でした。