たゆたう草舟
第1章 月夜の草舟
「送っていってあげるから、家に帰りなさい」
昌幸様は私の手を握りそう言いましたが、それではお役目を果たした事にはなりません。私は首を振り、ようやく声を絞り出しました。
「昌幸さまも、お帰りください。みんな、探してます」
「もしかして、お前も私を探しに来たのか?」
私が頷くと、昌幸様は溜め息を漏らし、綺麗な顔を歪めました。そして私の手を引き抱き上げると、屋敷とは逆方向、川下の方へ歩き出したのです。
「昌幸さま!?」
「城から来た手先であるなら、帰すわけにはいかないな。私はまだまだ帰るつもりなどない。口封じに、付き合ってもらうぞ」
「だめです! みんな心配しているんですよ!」
「だからといって年端もいかない幼子まで夜更けに外へ出す連中の話など、聞いてやる道理はない。むしろ皆を説教してやらねば」
自分が皆に心配を掛けているのに、この言い草。大人に見えた彼は、口を開いた途端に子どもに見えました。しかし成人した男の手から逃れられるほど、私は大きな子どもではありませんでした。結局彼に抱き上げられたまま、どこへ向かうのかも知れず連れていかれたのです。