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たゆたう草舟

第3章 誤解と裏目とまた誤解

 
 すると昌幸様が、私の頬を取り顔を上げさせました。私が少しでも身を寄せれば、また唇が重なりそうな距離です。ぶつかる視線に耐えきれず、つい目を閉じてしまいます。

「痛っ……」

 が、その瞬間額に走る軽い痛み。昌幸様が指で、私の額を弾いたようです。私が額を押さえるのと、昌幸様の笑い声が聞こえてくるのは同時でした。

「な、何をするのですか」

「いや、あまりに無防備だったのでな。人前で容易に隙を見せると、痛い目に遭うぞ? 特に真田の男は、悪戯が大好きだ」

 けらけら笑いながら言いますが、真田の男でも、かつての主君である信綱様や、昌幸様のご嫡男である信幸様は真面目なお方でした。血縁関係なく、ただ彼が子どもじみているだけです。

「そうむくれるな。よし、詫びに何か買ってやろう」

 昌幸様は私の手を取り立ち上がると、いずこへと歩き出しました。

「お待ちください、どこへ向かうのですか?買うって、何を……」

「決まっているだろう、上田の町へ行く。視察という名の息抜きついでに、詫びの品を贈ろう」

 主君が一介の奉公人に詫びなど――という文句は、昌幸様が唇に人差し指を当てる仕草で遮られてしまいます。
 

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