たゆたう草舟
第3章 誤解と裏目とまた誤解
「怠けていた事を矢沢の叔父貴に知られたら、沼田からお説教が飛んでくるかもしれないからな。口止め料も含むと思ってくれ」
そのようなものをいただかなくとも、誰かに話すつもりはありません。しかし猫のように奔放な笑みを浮かべる彼を見ていると、手を離すのが惜しいとも感じてしまいます。
「しかし、門はこちらではありませんよ?」
「門には門番がいるではないか。こんな事もあろうかと、この城には抜け道がいくつかある。そちらを行くぞ」
抜け道は、こんな時に使うものではありません。しかし咎める言葉は、腹の底に飲み込みます。
この想いは、絶対に表へ出さない。そう誓ったばかりだというのに、私は奉公人としての礼儀より自分の想いを優先させていました。自分でも愚かだと分かっていますが、繋がれた手の温もりが、嬉しくて仕方なかったのです。想いを口にさえしなければ、少しだけならば――自分を甘やかし、私は昌幸様と共に城から抜け出しました。
町は賑わい人に溢れていて、この前まで北条だとか織田だとかで騒いでいたとは思えないくらい平和でした。信濃は長い戦乱が続く地です。住む人々も、自然としたたかになったのでしょう。