たゆたう草舟
第4章 落葉の風
「無理を言わなくていいぞ。私を信用している人間など、片手で数えられるくらいしか存在しないからな」
本当にそんな人間ならば、今ここで昌幸様が真田を率いている事はないでしょう。しかし昌幸様は謙遜でもなく、本当に心からそう思っているようでした。
「私は私と同じ考えの人間が目の前にいるのならば、絶対にその者を信用しないぞ。それは軽く、小さく、沈まないよう流れるだけで精一杯の悪人だからな」
頭に過ぎるのは、月夜の池に浮かぶ草舟。昌幸様は……もしやあの日の事を覚えているのでしょうか。
「昌幸様――」
「今もこうして、悪い事ばかり企んでいる。まだ、熱も下がっていないお前相手にな」
昌幸様は私の言葉を遮るように、口付けで塞ぎます。けれど悪人というのに、それは優しくて穏やかなものでした。
私は、昌幸様の心が分かりません。今何を企んでいるのかも、なぜこのような口付けをなさるのかも、あの月夜を覚えているのかも。けれど私を見つめる昌幸様の瞳は酷く寂しげで、涙ぐんでいるように見えたのです。
それは、熱に浮かされた私が見た幻かもしれません。ですが、彼の心はあの日の悲しみに捕らわれたままなのではと、私は感じたのです。