たゆたう草舟
第5章 月草の 消ぬべくも我は 迎え往く
「なにかあれば……それが私のさだめだという事でしょう。私はいつ沈んでも、誰も困らない人間です」
そこで私はふと思い出し、懐に忍ばせた物を昌幸様に差し出しました。
「これは……」
「はい、去年昌幸様にいただいた、簪です。真田へ仕える資格を失った私に、これは持てません。昌幸様に、お返しします」
私自身、この簪をどうしようか迷ったままでした。しかし昌幸様とこうして会えたのならば、返すのが筋でしょう。ですが昌幸様は眉間に皺を寄せると、簪ごと私の手を握りました。
「……昌幸様は、いつでもお優しいのですね」
「相変わらず、見る目のない女童だ。私を信じるだの優しいだの、それでは簡単に騙されてしまうぞ?」
「いいえ、私の目は確かです。昌幸様が信じるに値しないお方なら、真田は滅びています」
私がそう答えると、昌幸様は私の手を引き、街道を歩き始めます。そして、遠い目をして、夜空を見上げました。
「私が信じるに値する優しい人間ならば、武田は滅びなかった」
「それは……」
真田が命を懸けて仕え、信濃の希望と信じていた、武田家。その最期は、日の本に住む人間ならば、誰しもが知るでしょう。