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たゆたう草舟

第5章 月草の 消ぬべくも我は 迎え往く

 
 織田の軍勢に追い詰められた武田の当主、勝頼様に残された道は二つ。武田家の重臣である小山田様を頼るか、昌幸様を頼るか。勝頼様は、昌幸様ではなく小山田様の元へと向かい――裏切られ、滅亡を招いたのです。

「私が勝頼様に最も信頼される人間であれば、勝頼様は死なずに済んだ。まあ、一度は武田の名を捨てなければならないかもしれないが、私が御屋形様の元で学んだ知略と策謀の全てで、武田を再び返り咲かせられただろう」

「しかし、それは昌幸様のお人柄だけではないでしょう。地理の問題とか、その……思いもよらない問題が、あるでしょうし」

「だとしても、だ。私はいつも、最後に大事な人を救えない。御屋形様なら、父上なら、兄上なら……きっと、私を越える策で皆を救っただろうに。私はいつも、小手先で誤魔化すくらいしか出来ない」

 昌幸様は足を止め、私に目を向けます。その瞳はやはり、私が幼い頃に見た時と同じ寂しげな瞳で……

「昌幸様」

 私は思わず、昌幸様の背に手を伸ばしていました。しかし、母が私を慰める時のような、温かな気持ちではありません。もっと、熱く狂い咲くような想いが、私の中を渦巻いていました。
 

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