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たゆたう草舟

第6章 甲賀の時雨

 
「お葉ちゃんか、可愛い名前だね。よし、じゃあ行くあてがないなら、甲賀なんてどうだい? 俺の生まれ故郷なんだが、京からも程よい距離でいいところだ。ちと取りに行きたいものもあるし、いいだろ?」

「はい、お世話になります、時雨様」

 生まれてこの方信濃を出た事のない私にとっては、甲賀も未知の国です。一人なら不安で重い足取りですが、気さくな時雨様がご一緒であれば、新天地への期待を抱く余裕も生まれました。

「ちょっと待ちな、時雨様、なんてうやうやしい呼び方なんてしなさんな。むずがゆくなっちまうぜ」

「しかし、時雨様は私より年上の方ですし」

「あー、まあお葉ちゃんは確かに、見たところ俺より十は若いね。けど、呼び捨てで構わんよ。俺は、気持ちだけはいつでも十八のつもりだから」

「そうですか? それでは、よろしくお願いします、時雨さん」

 年より若く見えて、けれど頼りがいのある方。そんなところも彼は昌幸様に似ている気がします。

「ああ、大船に乗ったつもりでいてくんな」

 こうして、私と時雨さんの二人旅が始まりました。人の縁とは不思議なもの。ですが私はこの縁に、大いに助けられたのです。
 

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