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たゆたう草舟

第6章 甲賀の時雨

 
「信濃の、昌幸様って……まさか、真田の?」

 時雨さんに聞き返されて、私は慌てます。事情を話すといっても、昌幸様の名前を出すつもりはなかったのです。ですが、言葉は口に出せばもう戻りません。誤魔化す案も思い浮かばず、私は頷くしかありませんでした。

「そうか……武家のしがらみとくれば、俺には想像もつかないものがあるだろう。大変だったな」

「いえ、全ては私の浅慮が悪いんです。昌幸様は、ただの一奉公人に過ぎない私を、とても気に掛けてくださいました。真田を率いるのがあの方でなければ、私は絶望の中を今もさまよっていたでしょう」

 ですが時雨さんの表情は、どうしてか浮かないままです。そして彼は頬を掻きながら、憂いを誤魔化すように笑いました。

「いや、まあそれなら良かった。いや、子が生まれるのならば、俺はどうしようかと考えていたんだ。たとえ俺の子でなくとも、お葉ちゃんの子なら愛せるだろうとか、どこかに店を構えて根を張ろうとか」

「お気持ちは嬉しいですが、もし子がいたのであれば、そこまで時雨さんにご迷惑はお掛けしませんよ。一人で生きていきます」
 

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