たゆたう草舟
第6章 甲賀の時雨
「いや、そうはいかねぇ。赤子を抱えて女一人なんて、あまりに無茶だ。俺はどうせ独り身だし、新天地が見つかるまでは、頼ってくれ」
時雨さんは真剣に仰いますが、現実私に子がいる訳ではありません。あくまで仮定だというのに、なんだかおかしくて私は笑ってしまいました。
「そんなに心配してくれなくても大丈夫ですよ。私は元気ですし、そんな予定もありませんから」
「そ、そうか……」
時雨さんはどことなくしょぼんとした様子で、膝を抱えました。どうしてそこまで落ち込むのかは分かりませんが、しっかりした大人の方なのに、その仕草は可愛いような気がします。
「でもさ、お葉ちゃん。お葉ちゃんがよければ、俺は……」
時雨さんは、ふいに真剣な眼差しをこちらに向けると何か言いかけます。が、その時近くで鳥が羽ばたき、鳴く声が響きました。
「――いや、やめておこう。さて、後もう少し歩けば、俺の故郷だ。ゆっくり休んで、明日に備えよう」
「は、はい」
鳥が遮らなかったら、彼は何を言うつもりだったのか。私は射抜くような視線が忘れられず、いつまでもざわざわとしていました。