たゆたう草舟
第6章 甲賀の時雨
「それは……なんだか、雪は私の思い出のようだと思いまして」
「それは、信濃にいた頃の?」
「はい。静かに降り積もって、もう十年になりました。大地を守るように覆う思い出は、いつでも私の力になるんです。もう戻れないけれど、幸せだったなって……」
昌幸様は、もう私の存在など忘れてしまったでしょう。しかし私が頂いた思い出は、消える事なく積もります。雪は、空の彼方からまだ降る様子でした。
「お葉ちゃん。雪は綺麗だが、動かないし冷たいものだよ。ほら、こんなに冷えてる」
時雨さんは私の手を取ると、新年には似合わない厳かな表情をして言いました。
「お葉ちゃんは……春は嫌いかい?」
「え?」
「何の思い出が十年になったのかは知らないが、その間ずっと冬だなんて寂しいじゃないか。お葉ちゃんは、普通の恋を知るべきだ」
「普通の、恋……?」
そんなものは知っている、という思いは顔に出ていたようで、時雨さんは首を振ります。そして握った手をそのまま引き寄せると、私を抱き締めてしまいました。
「俺のために飯を作って、二人で薬を売って、今までそうしてきたように……ずっと、俺の側にいないか?」