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たゆたう草舟

第6章 甲賀の時雨

 
 時雨さんの温もりは、私の思い出にある昌幸様と同じくらい温かいものでした。人の心に鈍い私でも、これがどういう意味かは分かります。

「どうして、私なんかに」

「初めて会った時に、この子だって思ったんだ。言うなら、一目惚れってやつだな」

「な、なにか裏に理由でもあるんじゃないんですか? だって、私は偶然会っただけで……」

 偶然。その言葉を無意識に口にして、私は以前昌幸様が仰られた事を思い出しました。

『都合良く、こんなにも偶然が重なると思うか?』

 偶然出会った方が良い方で、たまたま独り身で、一目見て私を気に入る。そんな偶然が、あってよいのでしょうか。私にとって都合の良すぎる偶然。一度口にすれば、疑いが噴き出しました。

「偶然、って言うと、ちょっと違うかもしれないな」

「ではやはり、裏があるのですね。私が頷いた瞬間に売り飛ばすとか――」

「いや、そういう違いじゃなくてな? お葉ちゃん、ちょっと一回落ち着こう」

 困った声で、私の背を撫でてなだめる時雨さんに、悪人の気配は感じません。不思議に思い顔を上げてみると、澄んだ水のように真っ直ぐな視線とぶつかりました。
 

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