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スキをちょうだい。

第1章 ひみつ


 東堂環と藤吉梨恵のカップルは、学校でとても目立つ組み合わせだった。

 二人は、学校のヒーロー、マドンナだともてはやされていたからだ。

 見た目も器量も完璧な男女が付き合う。

 狭い世界で生きる生徒たちにとって、それはインパクトのあるネタだった。

 だからこそ、航太と「彼」の関係は隠れていた。

 光の中に影があるように、ひっそりと。

 それは、カップルのネタが下火になった現在も変わらない。


ーふたりだけの、秘密。


 航太は自分の席で本を開いていた。

 文字通りページを開いているだけで、文章は読んでいなかった。

 ただ、妙にちらつく、浮ついた一文だけを眺めていた。

 ふと、近くに人の気配を感じて、顔を上げた。

 そこには環が立っていた。

 教室ではあまり話しかけてこないはずの彼を見上げて、訝しげな表情をみせる航太に、環は消しゴムを見せた。

「落ちてた」

ーあれ? いつ落としたんだ?

 心中で首を傾げつつ、確かに自分のものである消しゴムを受け取る。

ーん?

 航太は消しゴムのカバーの間に紙が挟まっていることに気がついた。

 見ると、環の字で『放課後、図書室』と書いてある。

 再び顔をあげると、環の顔に笑みが浮かんでいた。

 全身につけられたキズがうずく。

「どうも」

 了解という意味もこめて、航太は頷いた。

 離れていく環の背中をみつめながら、机に突っ伏していく。

ーひみつ…‥。

 そんな陳腐な単語にさえキズが反応して、愛しさを掻きたてようとするのを、航太は必死に抑えるのであった。

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