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スキをちょうだい。

第1章 ひみつ


 放課後。

 航太は約束通り、図書室へ向かった。

 図書室は、元々、利用者がいない上、今日は担当の教師も会議で出払っているらしく、異常なほどに静まり返っていた。

 まだ環が来ていないことを確認した航太は、仕方なく、読書をしながら待っていることにした。

 しかし、どうにも集中できなかった。

 紙のカビ臭さが漂う空気。
 冷えている空気。
 遠くで聞こえる部活動の音や声。

 まるで異世界に来てしまったような感覚が、人恋しさを増大させる。

 気がつけば、キズをつけられた日を思い出していて、航太は熱いため息を吐いた。

 しばらくすると、引き戸が開いて、環が顔を覗かせた。

「ごめ~ん。待った?」

 全く悪びれていない様子の環に、航太は不機嫌なふりをして、言葉を返す。

「待った」

「そこは、『ううん、今来たとこ♪』でしょ?」

 環は笑いながら机に腰かけて、本から顔を上げようとしない航太の頬に触れた。

 冷たく細い指先が、するすると下へ降りていく。

 首筋にはしる感覚に思わず声が漏れそうになるのを、航太は必死に我慢した。

ーこんなことしたって、こいつにはバレてるんだろうけど。

 目線をあげて、相手の様子を窺う。

 予想通り、環はイタズラな笑みを浮かべている。

「キスマーク、まだ治んないの」

 彼は何気ない調子で、絆創膏の貼ってある部分をなでる。

「誰かさんのおかげでな」

「俺のせいじゃないよ。航太がせがむからじゃん」

「せがんでない」

 言いながら、航太は立ち上がり、本棚へ向かった。

 環が含み笑いをしているが、気にしたら負けだと言わんばかりに、無関心を装う。

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