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【S】―エス―01

第2章 予兆

 瞬矢には、幼い頃の記憶が殆どと言っていいほどなかった。わずかに覚えているのは、両親や死んだ弟のことくらいだ。


 だが唯一、瞬矢を瞬矢たらしめるその記憶すら、彼の中では曖昧なものでしかない。


 洗面所から戻った彼は、香ばしい匂いが鼻を擽(くすぐ)るトーストにかじりつく。続いて備え付けられた小型の冷凍庫から取り出したのは、1個のカップアイス。


 彼がこうまでアイスに拘るには理由があった。それは、彼、斎藤 瞬矢の幼少期に隠された潜在的な記憶にまで遡る。


 テレビでアナウンサー達が何やら深刻な口調で話しているのを尻目に、淹れたてのコーヒーをゆっくり口に運ぶ。


 朝のテレビニュースも目が覚めるようなコーヒーの風味も、全てが単なる日常の一部にすぎない。


 ――だが、この事件が後に瞬矢にとってそんな考えを覆すほどのものになろうとは、まだ彼自身知る由(よし)もなかった。
 

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