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【S】―エス―01

第8章 記憶の鍵

 また冷たくあしらわれるのでは……そう思ったが、茜の予想に反して瞬矢は何も言ってこようとはしなかった。


 そのことに安堵しつつも、幾分かの物足りなさを覚え瞼を閉じる。


 ジャケットからかすかに漂う煙草の匂いが鼻腔内を擽る。


 体勢はそのままに、茜は独り言のようにそっと呟く。


「……帰ろう」


 それは探しに探し、迷い抜いた果てにようやく見つけた一言だった。


 夕焼けが辺り全てをオレンジ色に変え、2人を優しく包む。


 どこか遠くから、夕暮れを報せる懐かしい曲が聞こえてきた。


     **


 太陽は山際に沈み、空には星が輝きだす。


 道路脇に停められた黒い軽自動車。その車のドア部分に凭れ、遥か遠く、山並みと等間隔にそびえる鉄塔のシルエットを眺めていた。


 車のラジオからは音楽が流れる。


 物思いに煙草をくゆらす瞬矢から発せられたのは、意外な一言。


「くよくよしたって仕方ない、か……」


 いきなりなんのことかと茜は目をしばたたかせ、瞬矢を見上げる。


「お前の言った言葉だ」


 そう言った瞬矢の瞳には先ほどまでの弱々しさはなく、いつもの表情に戻っていた。
 

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