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【S】―エス―01

第9章 刹那

 しばしの沈黙の後、


「ごめんなさい」


 俯いたまま、誰に宛てるでもなくぽつりと呟く。


「あの子のことは訊かないで」


 手の中の写真をじっと見つめ、今にも消え入りそうな口調でそう言った。


 夕日が窓から差し込み影を伸ばす。


「分かりました」


 瞬矢は瞑目し、溜め息混じりに仕方ないといった表情で縦に首を振り了承する。


 悲しく写真を見つめる彼女から、無理やり訊きだそうという気にもなれなかった。


 静かにその場を去ろうとした時のこと。


「あの……っ」


 不意に呼び止められ、何ごとかと振り返る。


「この写真、いただけるかしら?」


 彼女の問いかけに瞬矢は口角をつり上げ一言返す。


「ええ、どうぞ」


 すでに写真の画像データは取ってあったので、そのことに関してはあまり問題なかった。


 再び軽く一礼し、今度こそ踵を返す。


「刹那……」


 病室を出た途端、彼女の嗚咽にも似た声が届く。その声は、確かに弟の名前を呼んでいた。


 その声が妙に体の芯まで響き、脳内を揺さぶる。


 眉根を寄せ苦悶に満ちた表情の瞬矢は、右手で視界を覆うように頭を抱えるのだった。


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