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【S】―エス―01

第9章 刹那

 ◇2


 同日、午後8時50分。


 拘置所前。目深に被った灰色のフードの影に顔を隠し、1人の人物が月明かりのもと姿を現す。


 にいっと妖しい笑みを湛えると、長く垂れた黒い前髪の間から紫色の目が覗く。


 地を蹴り、コンクリートの高い塀を跳躍した。反動でフードが脱げ、姿が明らかとなる。


 その人物、刹那。


 静かに地面へ着地し、建物にぴたりと背中を合わせると壁を2度叩く。


「刹那か?」


 壁の内側から、くぐもった櫻井の声が聞こえた。その言葉に刹那は沈黙で答える。


 言葉など交わさずとも分かり合える。それほどのものが、この2人の間にはあるのだ。


「こうやって2人で話すのも久しぶりじゃないか?」


 一方的に話すのは、櫻井。


 雲の合間から月が顔を覗かせ、にわかに照らす。


「なぁ、刹那。覚えてるか? 初めて会った時のこと」


 コンクリートの壁越しに櫻井が投げかける。


「……ああ」


 刹那は俯き目を伏せ懐かしみ、思い出すかのように答える。ほんの一瞬だが、口元に微かな笑みが窺えた。


 それは約10年前のこと――。


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