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【S】―エス―01

第9章 刹那

 空には薄い雲がかかり、朧月(おぼろづき)が見下ろす。


 相変わらず冷たい壁の向こうから、櫻井のくぐもった声が聞こえる。


「改めて考えたら、君に巧く遣われてた気がするよ」


 姿こそ窺えないものの、口調から櫻井の失笑する様子が容易く想像できた。


「ま、こんなこと言ったって今さらだろうけどさ」


 再び月が顔を出したその時、今まで相槌ばかりだった刹那が初めて開口する。


「ここまで来れたのも君のお陰さ。それより――」


 言い終えるより早く、櫻井の返答が最後の言葉を打ち消す。


「――大丈夫、分かってるよ。君の【秘密】は誰にも言わない」


 その口調は妙に落ち着きを孕んだもので、何かを悟っているようでもあった。


 刹那は今一度口元に笑みを湛えると、壁から背中を離す。


 ひゅう、と10月下旬のさらりとした夜風が吹き抜けた。


 ――


「楽しかったよ。刹那」


 まるで、別れの言葉でも言うように独りごちる。


 だが欠けた月が照らすその場所からは、すでに刹那の姿は消えていた。


 ゆっくりと雨雲が天を這うように、月明かり、そして瞬く星を侵食する。
 

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