テキストサイズ

【S】―エス―01

第9章 刹那

 不意に彼が何かを伝えようと乾いた息を吐き、点滴の管がついた右手の指をシーツの上で力なく游がせる。


「ん、なんだい?」


 それに気づいた刹那は、再び彼の言葉が理解できる距離まで顔を近づけた。


「――……っ」


 刹那の顔からみるみるうちに笑顔が消える。


 それは、先ほどまでの穏やかな微笑とは一変して一見無表情、けれどもどこか葛藤を漂わせていた。


 顔を離し直立した刹那は、前髪の奥に表情を隠し彼にこう問う。


「どうして?」


 打ち付ける雨音はより一層激しさを増し、加えてステレオから流れる音楽が、刹那を困惑と葛藤のさ中へと追い込む。


 ヒューッと気管支を鳴らし口元を歪め彼は、枯れ木のように細い右腕を弱々しく自らの左胸へ置いた。


 そして再度動かされた右手。


 その指先は、ふらふらと宙を迷いながら『刹那』という的(まと)を目指す。


 指先は刹那の心臓辺りで震えながら止まり、その後力尽き手は落ちるように空を準(なぞら)える。


「……分かったよ」
 

ストーリーメニュー

TOPTOPへ