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【S】―エス―01

第13章 ある日の邂逅

 彼の中では全てが偶像的。しかも彼が偶像の殻を破ったのは、つい最近『あの子』に会ってから――。


 なので勿論『コスモス』というものがどのような花かなど、周知の対象外。


 だが彼女は少年に対して別段咎めるでもなくましてや訝るでもなく、実に柔和な笑みでこう言った。


「そうよ。秋の桜と書いて『秋桜(コスモス)』っていうの」


 そして、落ちていた小石で地面に字を書き教えてくれたのだ。


「ふぅん?」


 少年は分かったような分からないような曖昧な返事をし、瞳で土に書かれた『秋桜』という文字を見つめる。


 そして彼女は穏やかな笑みを湛えたまま、さらにこう続ける。


「この花の意味はね【愛情】と【調和】なのよ」


「……」


 【愛情】そして【調和】。それは少年にとって最も縁遠く、最も得難いものだった。


 花にすら『個』を示す意味がある。ならば、己のここに在る意味とは何か?


 風に揺れるコスモスをぼんやりと視界に捉え、少年は1人幼き胸の内で答えなき自問を繰り返す。


 ちょうどその時、


「――斎藤さん」
 

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