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【S】―エス―01

第13章 ある日の邂逅

 
「僕、母さんがどんな人か知らないんだ……。顔だけなら見たことあるけど……」


 気がつけば、無意識にいつも左手首にある腕輪の留め金を弄っていた。すると、思いがけず彼女はこう言った。


「大丈夫よ、りく。あなたのお母さんも、優しい人よ」


 少年は、はっと彼女の顔を見上げる。


 嘘偽りのない感情と醸し出す雰囲気は、少年が初めて『あの子』と会った時に感じたものと酷似していた。


 ――押し寄せる罪悪感。


 彼女に嘘をついてはいけない。もしもついていいとすればそれはただひとつ、彼女の為の嘘。


「……ない」


「えっ?」


 笑顔のまま彼女は小首を傾げる。


 少年は本当のことを少しだけ話したくなり、思い詰めたように視線を落とし、そして呟いた。


「……『りく』じゃない」


 彼女に『りく』という名前が渾名(あだな)であることを告げる。そして、自分にはもう1人兄弟がいることも。


 葉の上で、今にも溢れ落ちそうな水滴が日の光に照らされきらきらと輝く。乾いた秋風が吹き、屋敷一帯の草木をざわめかせた。


 顔を上げた少年は、その綺麗な顔に大人びた笑みを浮かべる。


「僕の名前はね――」


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