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【S】―エス―01

第16章 雪の降る夜

 周りには沢山の大人。誰かが頬に触れて、彼の死を告げた。


 人物の襟元で金色のピンバッチが光る。


「りくは、死んだ……」


 訥々(とつとつ)と何かを読み上げるかのような口調で少女は呟く。


 うつろな少女の両目から涙が溢れ頬を伝う。次第に遠のいてゆく意識に抗うかのように、少女は心の中で何度も何度もその言葉を復唱した。


(忘れない……、忘れないよ。……りく)



 目が覚めた時どうしようもない悲しみが襲い、布団の中で小さく蹲(うずくま)り肩を震わせ感情の溢れ出るままに涙を流す。


 まるでさっき見た夢の続きのような、そんな気分だった。



 ――そして現在。時間にしておよそ1分にも満たないほどの回顧。


「……なんで、忘れてたんだろ」


 ずっと記憶の片隅に面影だけを残していた少年『りく』。ようやく名前を思い出せた彼は、すでに死んでいた。


 過去の淡い記憶ともう会えない切なさが織り交わり、今一度深い溜め息をつく。


 瞬矢の存在を思い出し、気持ちを切り替えるべく横にかぶりを振った。


 そして手に取ったままのジャンパーを羽織り、足早にこじんまりとした休憩室を後にする。
 

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