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【S】―エス―01

第17章 困惑

 だが肯定するでも否定するでもなく、両手を床につき顔を寄せた。かと思えば、その小さく桜の花弁のような唇が一瞬頬に触れる。


「――!?」


 目を見開いた、少年と意識が同調する。ひとつ大きく高鳴る鼓動。


 すっと前屈みに寄せた体を離すと少女は、はにかむように再度微笑んだ。


 再度彼女に問いかけようとしたが叶わず、意識は少年から剥離する。同時に少女の姿も霞んでゆき……。



「――っ?」


 見えない何かに引き戻されるように瞬矢は目を覚ます。視界にぼんやりと広がるそこは、あの屋敷でもなく見慣れた自身の部屋だった。


 目線をやや右に送る。壁にかかる12月のカレンダー、そして黄昏に染まる部屋が広がっていた。


 まだどこか虚ろな意識で、瞬矢はソファの背凭れに手をつき上体を起こす。


 ――午後3時59分。


 どうやらそのまま眠ってしまっていたようだ。ソファに座り直すと瞼を掌で乱暴に擦り、霞む視界を晴れさせる。


 気づけば開け放していた窓は閉まり、夕日だけが温かく染めていた。


 太陽の匂いに混じり、鼻先を掠める部屋に残ったかすかな甘い香り。
 

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