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【S】―エス―01

第17章 困惑

 すぐ近くにいる、なのにその距離はどこか遠くに感じた。背後のドアノブに手をかける音で我に返り――。


「待って!」


 咄嗟に身を捩り伸ばした両手で背を向けた瞬矢にすがる。


「……放せ」


 無感動に、たった一言。だが茜は背後から回した両手と全身に尚も力を込め引き寄せ、背中に押しつけるよう首を振る。


 今ここでこの手を放したら、彼は遠くに行って帰ってこない、そんな気がした。


「分からないっ、分からないよ! なんで……私……好きなの瞬矢のこと。だからっ――!」


 一言紡ぐ度に鼓動は高まり、溢れ出した感情を抑えきれず言葉に詰まる。


 ほんの1年足らずであったが、彼とは苦楽を共にし、散々馬鹿もやってきた。彼が悪事を働けるような人物でないことは、茜自身、一番よく知っている。


 そこでいきなり彼の口から、自分が【人殺し】であるなどと宣われたところで、「はいそうですか」と簡単に理解できようはずもない。


 自分でも分かるほどに全身が熱を持ち、頬が紅潮する。


 やっと気づいた想い。


 だらりと下ろした、コートごと握り締めた右手により一層の力が篭る。
 

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