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【S】―エス―01

第17章 困惑

 やがて彼は背を向けたままこう言った。


「ベタベタされんの嫌いなんだよ」


 感情の見えない、低く平坦な口調で。


 「もういいだろ」静かにそう言い、ドアノブにかけていた左手で茜の手を掴み振りほどいた。


 再び歩き出し、ドアの向こう側へ消える瞬矢はすでに遠く――。


 反動で後方へよろけ、両膝を折り曲げへたり込みぺたんと床に両手をつく。


「痛……っ」


 右の掌に走り抜けた突き刺さるような痛み。見れば右掌から一筋の赤い線が溢れ、手首へと伝う。


 思わず右手首辺りを左手で押さえた。まだわずかに残る感触は温かく。


 引き離そうと手を掴んだほんの一瞬。それは一見荒っぽく見えた中にも、わずかだが感じ取れた優しさ。


 引き離された拍子に床に落ち、夕日を浴びながら沈黙を続けるマフラーも、今はどこか悲しく映る。


 茜は眼前のそれを前傾気味に手繰り寄せた。


「……っう……」


 溢れてくる感情は決して掌に走る痛みのせいではなく、引き止めることができなかった無力な自分に対する歯痒さと、そんな自身への悔恨からくるもの。


(なんで……なんで、いつも1人で抱え込むの!?)
 

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