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【S】―エス―01

第18章 影の命

 そこにいたのは、オフホワイトのハイネックシャツに身を包み、その上にズボンと同じライトグレーのコートを羽織った黒髪の人物。


 椅子に腰かけた彼は、伏し目がちに緩ませた三日月の唇で言葉を紡ぐ。


「目が覚めたみたいだね」


 相変わらずの穏やかな口調で、俯き目を伏せたまま椅子から立ち上がる。


「……刹那」


 目の前で三日月のような笑みを浮かべ言葉を紡ぐ人物こそ、他でもない刹那だった。ゆっくりと近づいてくる彼に茜はたじろぐ。


 なぜこうなったのか。それは、ほんの数時間ほど前のこと。


     **


 ――午後4時05分。


 茜は、いまだ立ち去ることができずガラス片が散らばる部屋にいた。


 やがて泣き疲れソファに身を預け眠る茜に差すひとつの人影。


 人物は茜を見下ろし、どこか意味ありげにくすりと笑う。


 床に膝をつくと悲しみで濡れた彼女の頬を拭い、両手でそっと抱き上げた。それはそれは、まるでガラス細工に触れるかの如く。


 オレンジ色の夕日がその輪郭を象(かたど)った。


     **


 そう。この場所へと茜を連れ去ったのは、紛れもなく刹那だったのだ。
 

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