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【S】―エス―01

第3章 亡霊からの手紙

 瞬矢を現実へと引き戻したもの。それは、両目いっぱいに涙を溜めジャケットにすがる茜の姿だった。


「茜……」


 図らずも心配させてしまった。肩でひとつ大きな溜め息をつき、そっと体から引き離す。


 だが茜はジャケットの襟元を握って放そうとしない。


「悪い。手、放してくれ」


 茜は俯いたまま小さく頷き、両手をするりと引いた。


 ふいっとそっぽを向き茜から離れるように歩く。


 別段そこに悪意があった訳でもなく、ただ瞬矢は、ことのほか人に触られるのが苦手でありそうしたまでだった。


 2歩から3歩ほどの距離をあけたところで、茜に背中を向けたまま瞬矢は話し始める。


「ほんの一瞬だがあいつの心の闇が見えた。まるで深い海の底に沈んでいくような、俺が俺でなくなっていくそんな感覚」


 すぐ側の桜の木より枝分かれして、足元の土からひょっこり顔を出す根に視線を落とす。


「弟は……あいつは、やっぱりまだ生きてたんだ」


 唯一記憶の片隅に残る、炎の中の情景が彼の脳裏を掠めた。


 だがしかし、やはり自分の弟が事件に関わっているという事実は辛く、複雑なものでしかない。
 

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