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【S】―エス―01

第20章 対峙

 走り抜けるのは、細胞を形成する分子構造の一部を破壊する熱を帯びた感触。


 粉塵が収まり確認すると、右腿と左手首を細い鉄骨が貫き、右脇腹を掠めていた。


「君がいけないんだよ?」


 そう宣う彼は、薄紫色の双眸を見開く。


 すうっと瞑目し、再度発生した重力に従い落下した茜は刹那の手中に落ちる。


 すっぽりと納まった茜の体を両腕で絡め取る。


 右手を頬にあて左手を腰周りへ送るその仕草は、永年欲しくとも手に入れられなかったものをようやく手にした時のそれであった。


 髪の毛にぎりぎりの距離で唇を這わせ、茜の耳朶に甘噛みすると、耳元から顔を少し離し目線だけで語りかける。


《君が突き放すから、彼女が傷つく》


「ほら、こんなふうに」


 白いハンカチが巻かれた彼女の右手を取り、自らの唇に近づけた。右手をゆっくりと下ろし、再び茜の頬に触れる。


「君は僕が欲しかったものを簡単に手に入れた。難なく、あっさりと。だから……」


 一旦言葉を切り、目を伏せ続けた。


「君の大切なもの、ひとつくらいもらうよ」


 髪を鋤(す)くように伝う指先は、彼女の首筋からコートのボタンにかかり――。
 

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