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【S】―エス―01

第23章 覚醒

 おもむろに、茜は自分が持っていた端に蝶の模様が入った白いハンカチを、彼の右手に巻く。


「これでよし、っと!」


 いったい、彼に何があったのか。気になりはしたが、それよりもこうして再び彼と会えたことが、幼い茜には何より嬉しかった。


 りくは掌に巻かれたハンカチを目視し、そして茜の笑顔を見ながら、ゆっくりとそれでいて静かに言った。


「ここから逃げるんだ」


 まだ充分幼さの残る声に抑揚はなく、薄暗い為、輪郭ほどしか表情は窺えない。


「……りくは?」


 予期せぬ彼の言葉にぱっちりとした瞳は更に見開かれ、切り揃えられた前髪の奥で不安げに眉尻を下げる。


 どこか思慮深く細めた彼の瞳の奥が、一瞬寂しげに揺らいだ気がした。


「僕は、後から行くよ」


 それは、一時の決別を知らせる言葉。栗色の長い髪を躍らせ、固く目を瞑り「いやだ」と大きく横にかぶりを振る。


 もう離れたくない、このまま会えなくなるかもしれない。そんな思いがよぎった為だ。


 うっすらと瞼を持ち上げた先の視界が滲む。


「……うっ、ひぐ……」


 俯いたことで目の際(きわ)に溜まっていた涙が、重力に従いぽたぽたと手の甲に溢れ落ちた。
 

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