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【S】―エス―01

第27章 消えない過去

 新聞の一面には、ここ数日の内に起きた事件の記事が大々的に取りざたされていた。掲載されている現場の写真から凄惨さが窺える。


『ミュンヘン緑地公園内で、40代後半の男性の他殺体を発見。犯人は未だに捕まらず――』


 じわり、じわりと襲い来る葬り去ったはずの過去。


 単なる偶然の一致というやつだろうか。記憶の隅に仕舞い込んだかつての自分が妖しく笑い、重たく首をもたげる。


 一度かぶりを振り紙面から目を逸らしすぐ左側を見上げると、灰色の外壁をした彼が居を置く4階建てのアパートメントがあった。


 3階――【306】と標されたドアの前で立ち止まり鍵を開ける。


 手にしていた新聞を入ってすぐの木目調のテーブルに放り、押し寄せる微睡みの中、隣室にあるベッドへ仰向けにその身を横たえた。




 ――夢を見た。


 それは過去の記憶。だが、彼の半生からすればごく最近の夢。


 雲間から顔を覗かせた月明かりだけが辺りを照らし、ひんやりと頬を撫でる夜風に薄紅色の花びらが舞う。
 

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