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【S】―エス―01

第27章 消えない過去

 外はすっかり日が暮れ、昼下がりの喧騒から夜の街の賑わいへと移り変わっていた。


 おもむろに、壁にかかった時計を見やる。部屋の明かりがついていない為、暗くてよく見えないが、時刻は午後7時を5分ほど回ったところだろう。


 いつも気を緩める度に、脳裏で過去の自分が笑いかける。


 そう。どこへ逃げようと、忌まわしい過去の記憶は亡霊のようについて回るのだ。


 ふと午後9時から予定があったことを思い出す。


 依頼人の名前は、確か――『レディ・M』。


 刹那はベッド脇に脱ぎ捨ててあったコートのポケットから紙片を取り出す。


 紙には『L・M』と記され、その下に小さくそう殴り書かれていた。一見すると女性らしい名前だが、断定はできない。


 だが本名かどうかなんて、気にしたところで詮なきこと。むしろ本名を名乗る者の方が珍しい。


(まぁ、行けば分かること……か)


 刹那は『レディ・M』なる人物に接触する為、待ち合わせ場所へと向かうことにした。


 暗い部屋のテーブルの隅には、数日前、ここミュンヘンで起きた事件の載った新聞記事が広がっている。


 

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