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【S】―エス―01

第27章 消えない過去

 
 待ち合わせとしている場所は、一件の飲食店。


 当初の話では、カウンター席に1人でいるとのことだったがそこに座する者はおらず、見渡せど店内にそれらしき人物も見かけなかった。


 時刻は午後9時を回ったところだ。


 仕方なく踵を返すと、丁度店へ入ってきた黒いスーツ姿の女性の右腕に当たり、名前の書かれた紙がひらりと手から滑り落ちる。


「あら、ごめんなさい」


「いえ……」


 見た目20代前半くらいのその女は、身を屈め拾った紙を刹那に渡す。東洋的なその容貌から察するに、恐らく彼女もここの人間ではないのだろう。


「あっ、あの!」


 彼女の低めだがよく通る声色が店内の賑やかな雑音を突き抜けて響き、刹那は立ち止まり振り返る。


「何?」


 彼女はなんとも切り出しづらそうにしていたが、呼び止めた手前、今更後には退けないといった様子でおずおずと訊ねる。


「さっき偶然見えちゃって……。その紙に書いてある『L・M』って、もしかして『レディ・メイ』のこと?」
 

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