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【S】―エス―01

第28章 愛憎の刃

 普通、犯人呼ばわりされれば必ず一度くらいは否定するものである。だが、目の前の手を押さえつける彼はそれをしなかった。


 ただ悲しげに暗い部屋の中、街灯りに照らされた茶色い瞳を揺らめかせ、リンの言葉を肯定する。そしてこう続けた。


「でも、君に僕は殺せない」


 きっぱりと、それでいて淡々とした口調で。


 その表情は、顔を伏せている為かなんとなく笑っているようにも窺えた。


「嬉しいよ。殺したいほどに恨んでくれて、憎んでくれて」


 手首を押さえつける彼の両手に、ほんの少し力が籠る。手首にかかる圧に若干表情を歪めながらも、思考の真っただ中にあった。


(『嬉しい』? 何それ? ワタシはただアナタを……父を殺したアナタを――)


 そんなリンの思考を汲み取ってか、刹那は溜め息混じりに「簡単なことさ」と吐いて捨てた。彼の口の端から漏れ出た息が、かすかに頬を掠める。


「君が憎んでくれれば、どんな形であれ、僕はその間そこに存在できるから」


 すっと手首にかかる圧が退く。


「……だから、ありがとう」
 

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