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【S】―エス―01

第28章 愛憎の刃

 
「刹……那……」


 憎しみと恋慕がせめぎ合い、なぜこんな想いを抱いてしまったのか。震える声でもう一度彼の名を呼ぶ。


(今きっと、凄く情けない……顔……)


 自身が突きつけたナイフによって負った彼の右手の傷口は、滴る血液だけを残して当の昔に癒え塞がっていた。


 自分から継父を奪った犯人に憎しみを抱く女と、そしてその対象者。それは、決して相容れない関係。


 相容れないからこそ求め、幾度となく唇を重ねる。初めは確かめるように、そして激しく。


「……んっ」


 わずかに離れた唇から吐息と共に漏れ出た声が告げるのは、とても危険で甘美な、逢瀬の始まり。


 暗い部屋の中、互いに求め重なり合うふたつの影は夜の闇へと落ちていった。


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