テキストサイズ

【S】―エス―01

第29章 S‐145

 午前4時10分。曙を前にやや青みがかった空の下、刹那は今までいた城の建つ岩壁の上にいた。


 しばしの回顧の後、コートに突っ込んだ右手の指先が携帯電話に触れる。


 自分から連絡するなんて珍しいと思わず目を伏せ苦笑し、コートのポケットから携帯を取り出した。そして、そこに表示された番号を呼び出す。


 機械的な呼び出し音が鳴る。それは数回の後ぷつりと途切れ、低く聞こえてきたのは片割れの兄、瞬矢の声。


 久々に聞くその声は、少々不機嫌そうだ。


 その奥で、自分たちに初めて『名前』というものをくれた彼女のくすりと笑う声が聞こえる。


「もしかして、邪魔した?」


 彼らは、2年前の日本での事件の後病院で目覚めてからも、ずっと仲良さげだ。


 もう彼に対する羨望などという感情はほとんどない。


 もし2年前のあの時、真っ向から対峙してくれていなければ、刹那は今だに彼を『兄』と呼べずにいただろう。


 通話口の向こうで、瞬矢が今どこにいるのかと訊いてきた。


 それもそのはず。刹那は、自身の現在の居場所を誰にも言っていないのだ。


「今? そうだね……」
 

ストーリーメニュー

TOPTOPへ