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【S】―エス―01

第29章 S‐145

 頭の中に響く少年の声は、どこか躊躇(ためら)いを含み言い澱む。


 刹那は返答を急かさず、ただただじっと待った。少年が自ら答えを導き出すのを。


 やがて少年は、決断したかの如くゆっくりともたげていた頭を上げる。


《……僕は、自由になりたい。ここから出て世界を見たい!》


 長い睫毛に縁取られた褐色の瞳は、一瞬だが夢や希望、まだ見ぬものへの憧れという名の光に輝き、少年らしいそれを窺わせた。


《よし、決まりだ!》


 そもそも自分と同じだと気づいた時点で、刹那にこの少年を殺すことなど不可能だったのだ。


《えっと……、なんて呼べばいいかな?》


 名を呼ぼうとして、そこでようやく気づく。刹那はまだ少年の名前を知らない。否。少年には、名前がなかった。


《みんなS‐145って呼んでる。だから、僕は『S‐145』……》


 左手首の鈍く光るそれには、確かに彼を識別する数字【S‐145】と刻まれている。しかし、せっかくの個を主張する名前がそれでは、さすがに味気ない。
 

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