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【S】―エス―01

第29章 S‐145

 何より、刹那自身が彼をそう呼ぶことに抵抗があった。


《それじゃだめだ。もっとちゃんとした名前――》


 今までの穏やかな対話と打って変わり、頭の中でキンと響く声に驚き目を見張る少年。その姿に、はたと我に返った刹那は息を吐き気持ちを落ち着かせる。


 兎も角、彼を判別する為の名前を考えなければならない。幸い、少年に異論はないようだ。


「んー、そうだなぁ……」


 刹那は視線を宙に游がせ、しばし黙考する。


 自分に名前がついた時の……数字ではなくいち個として認識され呼ばれることの喜びを、この少年にも味あわせてやりたいと思った。


 ふと脳裏に日本で見た満開の桜の花が浮かぶ。「よし!」と小さくひとつ息をつき、表情を窺うようにして言った。


「『咲羅(さくら)』」


 それは、万国で愛でられる桜の如く、彼を見る者全てに愛されるようにとの思いを込めて。


「……さ、く……ら?」


 その時彼は初めて固く結んでいた唇を動かし、喉を震わせ発した声で、辿々しく言葉を紡いだ。しかと改めて聞く声色は、やはり澄んだものだった。


「ああ」


 刹那は首を傾げ柔和に微笑んだ後、縦に大きく頷く。
 

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