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【S】―エス―01

第29章 S‐145

 咲羅は一度今までいた場所を振り返り、脳裏に焼き付けるとふっと目を伏せ向き直った。そして、すぐに刹那の後をついて歩き始める。


 明かり取りから青白く差し込む光のもと、唯一床に散らばった蝶の残骸と、少年の製造番号が刻まれた銀色の腕輪だけが残された。


 半開きとなっていた灰色い金属製の扉をくぐり、細い迷路のような通路に抜け出る。



     **


 地下通路の冷え込んだ大気に浅く規則的な白い息が漏れ、それを隠す為、コートと共にハイネックシャツの襟(えり)を口元へ引き寄せた。


 刹那はもと来た道を戻り、脱出を試みようとしていた。足元からでなく、遠くより水溜まりを弾く音とよぎる幾人もの影に、ぴたり足を止める。


「――!」


(……気づかれたか)


 通路を覗き込む表情に、わずかな焦燥の色を滲ませる。


 すでにここへ来て30分は経過している。外にいた警備と連絡がつかなければ、なんらかの異変を感じ行動を取ってもおかしくないだろう。


「咲羅、こっち」


 刹那は後方を振り返り、繋がれた右手の先にいる少年――咲羅の足取りを静かに促した。
 

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