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【S】―エス―01

第30章 日本へ……

 振り向いた咲羅は不思議そうに小首を傾げ、口をもごもごと動かしながらなんのことかと反復する。


 その口元には、パンくずがついていた。


 いきなりそんなこと言っても通じなかったかと苦笑を交え、また、小首を傾げる様子がどうにも可笑しく、笑いを堪えながら再度呼びかけた。


「おいで。出かけるよ」


 今度こそ分かり易く、端的に。


 ようやく理解したのか咲羅は褐色の瞳を輝かせ、跳ねるように椅子から下り刹那のもとへと駆け寄る。



 7月21日、午後8時53分。ミュンヘンから空港へ向かう列車の中で、咲羅に今から自分たちが乗るのが飛行機であることを話すと、


「ひこーき?」


 恐らく『飛行機』というものを理解していないのだろう。きょとんと小首を傾げている。


 航空チケットの袋に描かれた鉄の塊を示す。その写真を見て「わぁー!」と褐色の瞳を輝かせ、食い入るようにしばし眺めていた。


 だが、時間帯とほどよい列車の揺れもあり、写真を見つめる双眸は次第に微睡(まどろ)み始める。


「まだかかるから寝ときなよ」


「んー」


 うつらとした返事をひとつ、買ったばかりの青色のリュックを抱えた咲羅は、刹那の隣でしばし眠りにつく。
 

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