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【S】―エス―01

第2章 予兆

 ◇


 ――201X年 3月31日。


 都内某所。


 人気のない公園へと続く路地を、スーツ姿の一見どこにでもいる中年の男が1人、躓(つまず)き前方へつんのめりながら走っていた。


 男は酷く憔悴(しょうすい)した様子で地面に這いつくばり、後ずさりながら暗闇を見据える。


 だが、それは決して暗闇を恐れているからではない。その向こう側にいるものを恐れているのだ。


 やがて雲間から月が姿を覗かせ、辺りを仄かに照らす。


 じりじりと張り詰めた空気に怯えるかの如く、男の背後で灯る外灯が点滅を繰り返す。


 近づく足音に、男はスーツの内ポケットから震える手で携帯を取り出し画面を開く。


 暗闇に煌々と輝く液晶画面だけが、男の顔を明るく照らした。


 瞬間、暗闇からすっと手が伸び人差し指と親指を軽く打ち鳴らす。携帯は、手の中でポップコーンのように弾け粉砕された。


「やっと見つけた」


 暗い路地の奥から聞こえるくすくすと含み笑いを孕んだ声は、どこか中性的で、月明かりが人物の姿をわずかに映し出す。
 

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