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【S】―エス―01

第31章 ハローバイバイ

 すっぽりと収まった腕の中でくるり向きを変え、彼を見上げた。シーツを握る手にも心なしか力がこもる。


「そんなことっ――!」


 言いかけた台詞は唐突に塞がれ反論すら許されず、シーツが手の内から滑り落ちた。


 解放された際、見られまいと赤らんだ顔を彼のシャツの胸元に埋め、視線を逸らす。


(絶対、ありえないよ……)


 今までも、そしてこれからも、自分の隣にいるのは瞬矢――彼しか考えられなかった。


 心の中で独りごち、そっと俯き腕の中に身を寄せ、伝わる鼓動に耳をすませる。


 ――午後3時50分。


 太陽も西へ傾いてきた頃、玄関前で来訪のベルが鳴る。


 瞬矢よりも窓側にいた茜は少し遅れ彼の後に続く。瞬矢がドアを開けると、そこにはもう1人の『彼』がいた。


「刹那……」


「久しぶり。兄さん」


 相変わらず白が基調色な服装で荷物を片手に、玄関前に佇む刹那は、昔とちっとも変わってはいなかった。


 ただ、その物腰は以前と比べ幾分穏やかになったようにも見受けられる。


 恐らく、お互い何から話していいのか分からないのだろう。瞬矢と刹那、双方の間に奇妙な沈黙が流れる。
 

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