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【S】―エス―01

第31章 ハローバイバイ

 紡いだ言葉の後、窺い請(こ)うようにぱっちりとした褐色の瞳でこちらを見上げる。


 ここでの咲羅への待遇は、今まで彼がおかれていた環境とは180度違う対極のものだった。だから1人になった時、余計にふと思い出してしまうのだろう。


 例えばそれは、友人と集まり別れ1人になった際、ふっと襲いかかる孤独感や不安感のように。


「ああ。咲羅が眠るまでずっとついてるよ」


 目を細め、口元を緩ませて要望に応える。すると安心したのか、


「うん!」


 頬を染め頷く咲羅は、その名のとおり、青空のもと太陽の光を一身に浴び咲く花のような屈託のない満面の笑みを見せる。


 再び微笑みを浮かべた刹那はその額に顔を寄せ、「おやすみ」と一言。


 髪を指先で軽く解かしてやると、瞼を閉じた咲羅はすぅ、と深い微睡(まどろ)みの淵に落ちてゆく。


 窓の外より三日月が2人を見下ろし薄く笑う。それは新月に向かう嘲笑。


 部屋に、刹那の口ずさむアントニン・ドヴォルザーク交響曲『新世界より』第2楽章の旋律が響く。


 雄大なそのメロディーは、静かに、それでいて優しく2人がいる空間を包んだ。



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