
【S】―エス―01
第31章 ハローバイバイ
◇4
――咲羅が去ってから夕刻を迎え、時刻は午後8時10分。
茜は1人、咲羅がいなくなりやけに静まり返った別荘の廊下を居間に向かい歩いていた。
「戻るのか?」
居間の奥から聞こえてきた瞬矢の声。いけないと分かっていながら、思わず入り口付近の廊下の壁へ身を潜め聞き耳を立てる。
「気持ちは分かるが、咲羅が選んだ結果だろ?」
訝りながらも戻ることを思い留まるよう瞬矢が諭す。しかし――、
「あの頃の記憶がない兄さんには分からないんだ!」
聞こえてきた刹那の剣幕と物音に、茜はびくりと身を竦める。
(喧嘩……?)
「やっと笑顔になれて……これからだったんだ! 咲羅はっ……!」
刹那は柄にもなく声を荒らげ、だが後に続く言葉を呑み込む。再び部屋を支配する沈黙。
居間に続く薄暗い廊下で、2人のやり取りを壁越しに聞き思う。
ここにいる誰もが皆、咲羅を心から想い好いていた。よって、騙して利用しようだなんてこれっぽっちも思ってなどいなかったのだ。
茜も、咲羅の笑顔に喜びを覚えた者の1人であったのだから。
俯いた茜は壁に背中を預け、数日前、咲羅と交わした言葉を思い出す。
**
――咲羅が去ってから夕刻を迎え、時刻は午後8時10分。
茜は1人、咲羅がいなくなりやけに静まり返った別荘の廊下を居間に向かい歩いていた。
「戻るのか?」
居間の奥から聞こえてきた瞬矢の声。いけないと分かっていながら、思わず入り口付近の廊下の壁へ身を潜め聞き耳を立てる。
「気持ちは分かるが、咲羅が選んだ結果だろ?」
訝りながらも戻ることを思い留まるよう瞬矢が諭す。しかし――、
「あの頃の記憶がない兄さんには分からないんだ!」
聞こえてきた刹那の剣幕と物音に、茜はびくりと身を竦める。
(喧嘩……?)
「やっと笑顔になれて……これからだったんだ! 咲羅はっ……!」
刹那は柄にもなく声を荒らげ、だが後に続く言葉を呑み込む。再び部屋を支配する沈黙。
居間に続く薄暗い廊下で、2人のやり取りを壁越しに聞き思う。
ここにいる誰もが皆、咲羅を心から想い好いていた。よって、騙して利用しようだなんてこれっぽっちも思ってなどいなかったのだ。
茜も、咲羅の笑顔に喜びを覚えた者の1人であったのだから。
俯いた茜は壁に背中を預け、数日前、咲羅と交わした言葉を思い出す。
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