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【S】―エス―01

第34章 夢の断片

 ◇2


 靄だろうか霧だろうか。妙に明るい、白濁とした視界に立つ1人の少年。


 その姿だけははっきりと見える、それはどう転んでも間違えようのない咲羅であった。


 しかし彼が今立っているのは、見える対岸の位置と角度から、恐らくシャーデック城のある崖の上だ。


「咲羅、そんなところにいないでこっちへおいで。……咲羅?」


 彼はゆっくりと刹那の方へ振り向き、朝靄にかすかに靡く茶色い髪の合間から、その愛らしい双眸を覗かせる。


 そこに笑顔はなく見開かれた瞳孔の収縮に伴いすうっと右手を翳(かざ)す。


《――嘘つき!》


 殺気に溢れた言霊。淡く光を帯びた緑色の瞳が刹那をねめつける。


 ごうっ、と巻き起こった気流が刹那の体を弾き地面に叩きつけた。


「――っ!」


 飛び起きた刹那は、しきりに辺りを見回す。すぐにそれが夢だと悟り、俯き右手で口を覆った。


(……咲羅)


 時刻は午前1時48分。夜中ということもあり、周囲はしんと静まり返っている。後ろの2人も眠っているようだ。


 あまりの静けさに加えて、つい今しがた見た夢のせいだろうか。


 何度取り払っても襲い来る不吉な予感と胸騒ぎに、刹那は1人押し潰されるのだった。
 

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