テキストサイズ

【S】―エス―01

第34章 夢の断片

 尚もハロルドを見下ろす咲羅は、左手を踏みつけている右足に更なる力を加えた。床がみしみしと罅割れめり込む。


「簡単な2択だ。今、ここで死ぬか、僕の手足になるか」


 この場にいる者が瞬時に察知した。もし逆らえば容赦なく殺されると。


 ハロルド――彼もまた突きつけられた2択に承服しかねながらも、その一方で生への執着はあった。それは、少年期にまで遡る彼の記憶の一端にある。


「……分かった」


 だが脳裏を掠めた過去の苦い記憶に触れ、絞り出すような声で答えた彼に、咲羅は首を傾け更に追い打ちをかける。


「『何が』分かったの?」


 到底わざととしか思えない言及。眉間の皺を更に深く刻み歯噛みをし、再度答えた。


「……S‐145、お前の言うとおりにしよう」


 それを聞き咲羅はにいっと口の端をつり上げ、やがて声を殺し愉快と笑う。


 やおら踏みつけていた右足がすっと退き、踵を返し先ほどとは一転してけろりとした楽観的な口調で言った。


「いいよ。そんなに言うなら、まだ殺さないであげる」


 後ろ手にちらりと見やった彼は、さっきまで自身のいた階段の方へと歩きだす。
 

ストーリーメニュー

TOPTOPへ